8月8日の衆議院解散、総選挙にあたり、これまで所属してきた社民党を離党し、民主党から立候補する決断をいたしました。
衆議院の解散も突然でしたが、この私の決断もまた急なものでありましたので、いままでご支援くださった関係者の皆様に十分な説明をし、ご理解をいただく時間をとることができず、大変ご迷惑をおかけいたしました。深くお詫び申し上げます。
また、報道やホームページから私の決断を知ったという方々からは、たくさんのメールをいただきました。厳しいご批判、暖かい励ましのお言葉、賛否ございましたが、わざわざメールでご意見をお寄せいただきましたこと心より御礼を申し上げます。
遅くなりましたが、ここで改めて私の決断についてお話したいと思います。
私は大きな流れとして二大政党の時代がきたというふうに認識しています。そして、小泉政権の政治手法、自民党の政治はもう終わらせなければならないという思いを強くしています。そうした中で、今回、政権交代の大きなチャンス、衆議院総選挙を迎えました。
前回の選挙では11万1180票という大量得票をいただきながら小選挙区では敗北し、比例区で全国の最後に復活当選させていただきました。それから2年、私は社民党所属議員として国対委員長、代議士会長、予算・総務・文部科学委員、郵政特別委員などを兼務しながら全力投球で活動しました。特にこの2年は、社民党の所属議員6名という少人数の中で、各委員会、本会議でのそれこそ連日のような質問はもとより、国会対策にも奮闘してきました。国会活動の中で感じたこの「厳しさ」というのは、これまでの12年の議員生活の中でもかつて経験したことのないものでした。
精神的にも、肉体的にも精も根も尽き果てんばかりになりながら奮闘してきましたが、しかし、その努力がどれだけ国政に反映されただろうかと思うと、空しい思いがあります。私の非力もありますが、議席が少ない少数政党で、国政に声を届けていくということの困難さ、限界といったものをこれほど感じたことはありませんでした。
国会議員としての私を生み育ててくれた社民党、支えて下さっている数十万という人々のことを思うと、私は迷い、悩みました。そして、この決断に至るまでの間、後援会長の阿部未喜男先生、地元の皆様に何度も相談し、悩みました。
いままでご支援くださっている多くの方々を失望させてしまうかもしれないということも頭をよぎりました。
今回、私は熟慮を重ねたうえ決断しました。
それは、ただ議席を獲得するということではなく、議席を獲得し、政権交代の大きなチャンスに際して、その一翼を担い、国政に皆さんの声を確実に反映させる・・・明確な目的を達するための苦渋の決断です。そして、今すぐには分かっていただけなくても、いつかきっと分かってくださる、そういう活動をしていこうと、心にしっかり誓いました。
民主党の政策の一部が、これまで私が所属してきた社民党と異なるとの指摘もいただいておりますが、これまでの信念である「清烈 ”志、あくまで清く、動くこと烈風のごとし”」の心で政治に立ち向かうという姿勢が変わることはありません。
まだまだ説明不足の点も多くあるかと思いますが、まず国会に議席がなければ国政に皆様の声を届けることはできません。新たな展望を切り拓くための新たな決意とともに、この選挙に臨んでおります。
そうした国政に対する私の強い思いをどうかご理解いただき、変わりませぬお力添えをいただきますよう、心からお願い申し上げます。
横 光 克 彦